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【フセボ先生のハワイ小噺】ピカケの歌

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ハワイ在住の人は皆知っていることですが、英語のピーコック(peacock・孔雀)はハワイ語で「ピカケ:ピーカケ)」と言います。そしてシャスミンの花のことも「ピカケ」と言います。シャスミンの花は別名「ハワイアン・ピーコック・ジャスミン」とも呼ばれ、(正確にはアラヒアンジャスミン)、インド経由でハワイに来た花です。葉は緑色で、花は小さくて白く、そしてとてもいい香りがします。カイウラニ王女がその花のことも孔雀のことも大好きたったので、両方がハワイ語で「ピカケ」になったという話も有名です。

孔雀が初めてハワイに連れて来られたのは1860年たそうです。ちなみに孔雀は毒蛇や毒蜘蛛を食し、解毒力を持っていると信じられていました。そのためインドでは神格化されて女神になり、仏教では除難や雨乞いなとで信仰の対象とされました。
しかし孔雀はその羽を広げた美しさに対し、鳴き声はひどいものです。王女はその嶋き声も好きだったのでしようか。

孔雀が登場するハワイの歌といえば、最初に頭に浮かふ曲は「ʻĀinahau(アーイナハウ)」です。「ハウの木の多い土地」を意味するこの曲を作曲したのは、カイウラニ王女の母親、リケリケ王女でした。曲名は彼女たちの住まいの名前で、そこを描写する歌の中に孔雀も出てきます。「孔雀たち、黄色い羽の鳥たち、それは私の住まいの飾り」と。
ほかの歌にも孔雀は出てきます。例えばカウアイ島に住んでいたジャック・ウォーターハウス氏と彼の住まいを称える歌「Kipu kai」には「美しい孔雀たち誇らしげに歩く」という歌詞が登場します。
同じピカケでも、シャスミンの花はよリ多くの歌に登場します。そのためフラダンサーはジャスミンの花を身に着けることもよくあります。

最初に頭に浮かぶ歌は「Lei Pīkake」です。数年前、ホノルルマカジンは「50Greatest Songs Hawaⅱ(最も優れたハワイの50曲)」を選出するために、演奏家や歴史家、プロデューサー35人を招きました。パネリストたちの中には日本でもよく知られている人物、たとえばケオラ・ビーマーとマヒ・ビーマー、ロバート・カジメロ、ケアリイ・レイシェル、ジェリー・サントス、ジェイク・シマブクロなどもいました。
その時33位に選ばれた曲が、HAPAのメンバー、バリー・フラナガンの作品「Lei Pīkake」でした。この曲に関して彼は「マウイ島で給仕見習いをしていた時に英語で詩を書いた。キオペ・レイモンド教授がそれをハワイ語に訳してくれて、その訳を読んだら自然とメロディーが頭に浮かんで来て、完成まで5分もかからなかった」と言っています。その名曲がCD化されたのはなんと10年後で、アルバムは6つのナ・ホク・ハノハノ賞を受賞しました。バリーはこの花の香りや美しさを讃え、「心に一番親しく、首にかけて大事にする」と歌っています。
また、ロバート・カジメロとビクター・チョックの「My Sweet Pīkake Lei」では、「私のレイ(愛する人)は永遠の愛」と歌っており、ピカケは愛する人を象徴しています。

ほかの多くの歌の中でも、ジャスミンは愛しい人を象徴する物だと思われています。

 

※『素敵なフラスタイル No.54』より転載

 

画像(上):Photo ACより
画像(下):Shutterstockより