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【フセボ先生ハワイ小噺】古代ハワイの暮らし

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かつてハワイの島はアフプアア(区域)に分かれていました。

それぞれの区域の範囲は山頂から海岸までで、その広さは地理的な理由、例えば山、谷や川によって決められていました。小さなアフプアア(約100.00平方メートル)もある一方、その100倍の大きさのアフプアアもありました。境目には木製の豚の頭が置かれていました。Ahu = 印、pua’a =豚。豚は昔から高価な物でした。自分が住んでいない区域から物を取ることはタブ-で、海辺の人と内陸の人は物々交換を行っていました。

区域はパイ型、あるいは楔型で、山から海に向かって段々広くなっていました。

ここで、古代ハワイの生活を少し想像してみましょう。

‘Iwi = i’iwi(スカーレットミツスイ鳥)が浜辺の上空を舞います。もちろん着陸できますが、着水はできません。なぜなら羽が防水ではなく、また足には水かきがないからです。

一人の漁師がタカラ貝を釣り針に付けてタコを取っています。カヌーが海に浮かんでいます。サーフィンを楽しんでいる人がいて、おばあさんとおじいさんが孫たちと遊んでいます。女性が海藻をきれいに洗っています。浜に漁師たちのための祭壇があります。

水の流れているところには小石がたくさんあります。フラ・レデイが踊りに使う小石があります。少し大きめの納屋があって、そこにカヌーを入れ、また住民が時々集まって話し合います。フラのスタジオ(ハラウ)はこのHālauと呼ばれている納屋によります。

さまざまな木があります。Hau はハワイ州の州花です。椰子の木やナウパカがあり、他にもたくさんの木があります。

料理をしていたのは男たちでした。大事な食べ物はタロイモ、パンノキの実、サツマイモ、バナナ等で、葉に包まれた食べ物はイム(ハワイ風オ-ブン)に入れられました。女性用と男性用のオ-ブンがありました。

女性は木の皮から作った服を小川で洗っています。朝から晩まで木の皮を叩く音が聞こえます。

女性の食事用の家は女性たちと6歳未満の男の子たちに使われます。男性の食事用の家は男たちと8歳以上の男の子に使われます。

漁師は釣った魚を持って帰ります。犬、豚、鶏がいます。餌は新鮮な果物と煮た野菜の皮です。煮た肉は住民のたんぱく源になります。カメと遊ぶ子供がいます。甲羅の下にある骨板はスクレイパーに使われます。

一人の女性は入口でヒョウタンを棒につるします。動物に取られないから安全です。他の食べ物も同じようにつるされます。

ここの指導者は2本のタブーを象徴する棒を持って家に現れます。その棒は入口の両側に置かれます。女が入れない家で男たちは’aumakua(守護神)に祈りと供え物を捧げます。

自分たちのオモチャを作っている子供がいます。手先が器用です。

女性は月経の日にhale pe’a(月経の家)に入ります。

子供たちは年齢によって仕事を与えられます。

一人の農夫が漁師の家族に自分の作物を持っていきます。彼は漁師が海で取った物を貰います。

子供たちは泥だらけの坂で木のボードあるいはキー(Tiの葉っぱ)に乗って滑ります。また滝から流れて来た水を使ったプ-ルで泳いでいます。

さまざまな鳥が森に住んでいます。ノリを付けた木で鳥をかまえて幾つかの羽を取った後また鳥を放す人もいます。その羽で貴重なレイを作ります。

遊び場があります。石を使うゲ-ムや槍を使うゲ-ム等いろいろあります。大人はなぞ掛けゲ-ムも楽しんでいます。なぞなぞコンテストもありました。踊り、音楽や歌を楽しむ人が多いこと多いこと。

知識に富んでいる人(例えば医師)は神殿で働いています。彼らはあらゆる神に呼びかけ助けを求めます。若者を選んで、教育します。

また、Kupuna(年配者)は若者にさまざまな知識を伝えます。

 

これがかつて営まれていたハワイの暮らしです。

 

参考:LIFE IN EARLY HAWAI’I: The Ahupua’a

(Kamehameha Schools Press)