コラムコラム

第5回 カウアイ

2015.01.29 ハワイの地名
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ハワイ王朝を統一したカメハメハは優れた戦士であり、ハワイ島から西に向かって次々とほかの島を征服していった。1795年にはオアフ島で覇権を確立すると、カウアイ島とニイハウ島のみが残された。強大なカメハメハ軍にとって、全島統一は時間の問題であろうと思われた。

ところがカウアイとニイハウの王であったカウムアリイは執拗に抵抗を続け、カメハメハをてこずらせた。結局、彼は最後まで軍事的勝利を得ることはできないまま、1810年にカウムアリイに忠誠を誓わせるかたちでハワイ統一を成し遂げた。したがって統一ハワイ王朝が誕生した後も、カウムアリイは実質的にカウアイとニイハウを治め続けることを許されていた。

このような経緯からも、ハワイ島の西端にあるこれらふたつの島は、他島と比べて異なった文化や歴史意識を有しているとも言われている。本コラムではまず、カウアイ島をみてみよう。

一般的にハワイは西に行くほど地質学的には古いとされている。人が住んでいるハワイの島々でいちばん一番古いのがカウアイ島である(ニイハウ島はさらに西にあるが、実はカウアイ島よりは新しいとされている)。約510万年前に海底から隆起した山々が、滝や川によって浸食され、美しい渓谷ができている。その壮大さを伝え聞いたアメリカの小説家マーク・トウェインは、ここを「太平洋のグランドキャニオン」と呼んだという。

カウアイではまた上述したカメハメハとカウムアリイの覇権争い以外にも、歴史的に重要なさまざまな出来事が数多くあった島だ。

まず、ここは今日のハワイ先住民の先祖が最初に渡った島であると推測されている。島の北西岸のナ・パリ沿岸には、少なくとも七百年前にマルケサス諸島から渡ってきた人びとが生活した遺跡がある。ハワイアンの信仰の中心であった「ヘイアウ」も数多く残されている。たとえば島の東にあるワイルア川の河口にはヒキナアカラという有名なヘイアウがある。

またここはヨーロッパ人として初めてハワイを世界に紹介したジェームズ・クック船長が最初に到達した島でもあった。1778年1月、クックは偶然ハワイ諸島にたどりつき、今日のワイメアに上陸した。だからワイメアにはクックの上陸を記念した像が立っている。

さらにカウアイはサトウキビ農場が始まった地でもある。商品経済としてのサトウキビ栽培が本格的に始まったのは1835年、南岸のコロアという土地だった。その後、サトウキビ栽培はほかのハワイの島々でも始まり、ハワイでは「砂糖こそが王」と言われるほど重要な産物となったのであった。

このようにカウアイは今日のハワイ社会に多大な影響をもたらした歴史的事件が起こった島である。フラとの関連でいえば、北岸のケアビーチのそばにあるカ・ウル・ア・パオア・ヘイアウはフラが誕生した場ともされている。むろん、ほかの島にもフラ誕生伝説があるから、ほんとうの起源については確かなところはわからないけれども、このヘイアウは今日でもフラを踊る人びとにとって、聖なる地として大切にされている。

カウアイはまさに歴史の宝庫であるのだ。