コラムコラム

第23回 サーフロック

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‘サーフロック’という言葉を聞いてカラパナ(Kalapana)を思い浮かべる人は少なくないと思う。1978年公開のサーフィン映画『メニィ・クラシック・モーメンツ』(Many Classic Moments)のサウンド・トラックを手がけ、タイトル曲の美しいバーラードは大ヒットし、ハワイではスタンダードになっている。カラパナのアルバムはアメリカ西海岸、そして日本でもヒット。以降、サマー、ハワイなどカラパナに追従するバンドが次々とデビューし、ハワイのローカルに大人気だった。

ハワイでカラパナと人気を二分したセシリオ&カポノ(Cecilio & Kapono)はアイランド感覚の優れたソングライティングとアメリカ西海岸の一流スタジオ・ミュージシャンとのレコーディングで、洗練されたシティ・サウンドを作り出していた。ノース・ショアを歌った「Sailin」や「The Night Music」などヒット曲は数多く、現在でもハワイのローカル・ラジオでカラパナと並び、多く選曲され、彼らの曲を耳にしない日は無いくらいだ。美しいサウンドはカラパナ同様、日本でも人気を得た。一時期サーフロックと呼ばれたこともあったが、現在はその都会的なサウンドからAORのジャンルとして、捉えられることが多い。

「ホノルル・シティ・ライツ」の大ヒット曲をもつケオラ・&・カポノ・ビーマーは 1978年の大ヒット映画『ビッグ・ウエンズデー』のオープニングで軽快なスラック・キーのインスト曲「Kaliponi Slack key」と心に残るエンディング「Only Good Times」を手がけている。このことは知らない人は結構多く、サーフィン映画のサウンド・トラックを手がけているにもかかわらず、 ‘サーフロック’と呼ばれたことは無かった。なぜなら、彼らのスタイルはスラック・キー・ギターを使ったコンテンポラリー・ハワイアン・スタイルだったからだ。

一方、アメリカ西海岸のサンフランシスコからもサーフィン映画のサウンド・トラックをきっかけに‘サーフロック’と呼ばれていたバンドがあった。 1978年公開の『フリーライド』の主題歌「フリーライド・サーファー」(Zero to Sixty in Five)の印象的なインストメンタルのテーマ曲を演奏したパブロクルーズ(Pablo Cruise)だ。

この大ヒットによりパブロクルーズは西海岸の一ローカル・バンドから、全米、世界へと進出し、次々と大ヒットアルバムをリリースしていった。 パブロクルーズのボーカル兼ギタリストのデイブ・ジェンキンスは1994年にカポノ・ビーマーと一緒にリリースしたアルバム「ハワイアン・タイム」は、西海岸とハワイのサウンドを融合したポップで爽やかな仕上がりになっている。

僕は今では使われなくなった‘サーフロック’という言葉に70年代のほんの一時期の輝きを感じる。

60年代のベンチャーズやビーチ・ボーイズなどの海とサーフィンをテーマにしていたバンドは‘サーフロック’と呼ばれてはいなかった。それは‘サーフロック’という言葉が70年代のカラパナそのものであったからだと、僕は確信している。‘サーフロック’は僕にとってライフスタイルのひとつであり、今でも僕の中では新鮮な音楽であり続けているのだ。これからも有名なサーフィン映画のサウンド・トラックを手がけるバンドがあっても‘サーフロック’とは呼ばれることはないだろう。

◆ヒロクメさんのHPはこちら
http://www.hilokume.jp