コラムコラム

第5回 クムフラ、ジョン・カミカウアを偲ぶ

このエントリーをはてなブックマークに追加

2005年3月4日、ジョン先生自宅にて

つい先ごろ、以前の仕事でご一緒した映像プロデューサーからのEメールで、偉大なるクムフラ、ジョン・カミカウアが6月4日に亡くなられたことを知りました。カミカウア先生には、この映像プロデューサーによるTV朝日系の番組「ディープ・ハワイ~モロカイ島編」で大変にお世話になりましたので、この知らせには衝撃を受けるとともに、心から残念でなりません。

最近も、昨年8月に放映されたTBSのクイズ番組「世界ウルルン滞在記」で、男性のフラを取材する際、協力いただくクムフラ探しで先生に大変にお世話になりました。 「世界ウルルン滞在記」という番組では、1999年にも私がコーディネートを担当し、フランク・ヒューエット先生にご出演いただいたのですが、この時は女性タレントがフラ修行をしましたので、次のチャンスにはぜひとも、男性のフラをご紹介したいとずっと考えていたのです。

なぜかというと、あまり日本では知られていませんが、フラには男性しか踊れなかったルア(Lua)というスタイルがあります。神に捧げる神聖なもので、あえて言うとすれば日本の武道のような踊りに近いでしょうか。このようなフラのあまり知られていない側面を知ってもらえたらと思い、番組プロデューサーに提案しました。

ところが、いざクム探しとなると、大変に難しいということがすぐにわかりました。現代のハワイにおいては、男性がフラを踊るということは、仕事と家庭の両立、経済的な理由から非常に難しく、男性のクムがなかなかみつかりません。時期的なものもありました。昨年2月から4月にかけてリサーチを続けましたが、ご存知の通り、この時期はメリー・モナーク・フェスティバル直前で、ただでさえ忙しい時期です。 そこで、リサーチ時期を6月まで延ばし、出演を承知してくださるクムフラを探して、各島のほとんどのクムフラをお伺いした、といっても過言ではありません。

結局、ルアは代々家に伝わる秘儀なので、その家系に連なる人でなければ表現できないということで断念。その後も番組に出演可能な男性クムフラということで探し続けましたが、それでもなかなかタイミングが合わず、クムフラ選びは苦戦しました。

2005年5月21日、カ・フラ・ピコのホイケにて

そんなリサーチの最中、「ディープ・ハワイ」でご一緒させていただいたジョン・カミカウア先生に相談したところ、一緒にクム探しを手伝ってくださるとのこと。なんとご自宅に呼んでいただき貴重なアドバイスをいただいただけでなく、ジョン先生の生い立ちやフラのお話なども聞くことができました。その縁で、毎年、5月に行われるモロカイ島のフラの祭典「カ・フラ・ピコ」(本コラム第4回で紹介)にも招待していただきました。

年号や財団名ははっきり覚えていませんが、以前、ハワイで制作されたビデオ「クムフラ」というかなり年代ものの映像を見たことがあります。その中で、ジョン先生の生徒さんは島を救った犬を称えた踊りを踊っていました。 それは、カメハメハ王の全島統一前にモロカイ島が軍勢に攻撃され、島民たちが危機にさらされた時、犬が吠えると、島は雲に覆われ、島民は命を救われたという言い伝えを踊ったものでした。生徒さんはまるで犬がのり移ったかのように見事に表現していて、今でも忘れることができません。

ビデオで見ただけでそうなのですから、「カ・フラ・ピコ」で間近に見た本物のフラに、私がどれだけ衝撃を受けたかがわかっていただけると思います。その迫力は、とても言葉では語りきれません。

昨年9月に私の最初クムフラ、マプアナ・リンガーが亡くなり、そしてまた偉大なるジョン先生がこの世を去ってしまわれました。お二人ともまだ40代後半と若かったので、本当に残念で仕方がありません。

現在の私のクムフラ、ナラニ・ケアレは言います。 「フラはハワイの文化です。習ったことや曲は、人に伝えて行かなければいけません。そうでなければ文化が途切れてしまう。だから分かち合う気持ちが大切なのですよ」 どうか日本の皆様も、アロハスピリットが生き続けるハワイの文化であるフラを汚さないよう、楽しんで、また一生懸命に勉強して、大切に踊ってください。 そして、心から先生のご冥福をお祈りいたします。